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✂︎raison✂︎

matsunaga ryuta(19)〜将来性のある美容師を目指して〜 思ったこと感じたことを綴っていきます。

セキニン

 

 

ふぁ〜〜。

あ、インフルエンザに感染してました!

!👉どころじゃないですねもっと健康に気を遣わなければいけないな〜ってつくづく思います…

 

私はまだ実家生活なのですが我が家にはインフルエンザに感染した際のルールがあります

 

それは…

 

 

インフルエンザ発覚後、発熱が治って2日まで外出禁止。

 

外出禁止まではまあわかりますが…

 

母以外の人物との接触禁止!トイレや風呂等以外部屋出るの禁止!

 

というあまり他の家庭ではないだろうなあ〜〜という決まったルールがあります。

もう監禁ですねこれは(笑)

まあ家族で同意してしていることなので罪でもなんでもないのですが…(笑)

 

 

なので私は丸々4日間そのルールに従って生活をしました✌️

正直いうともともとアウトドア派の私にとってはしんどかったです⤵︎⤵︎⤵︎とても⤵︎⤵︎⤵︎

 

まあそんな私でもこの期間を何かいいものにできないかと思考錯誤して考えた結果

 

💡💡💡

 

ふと山積みになった本を見て…

 

そうだ!本を読もう!!!!4日間?⤵︎

 

と思い、本主体の生活を送りました📚

 

やはり出会いってあるもんなんですねえ。

山積みの中からこれだ!と思って手に取った本がちょうど今の自分が読むのに本当に適した本だったんです。

 

その本がコチラ

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たくさんの芸能人も愛読していると聞いたことのあるこの本は「嫌われる勇気」という本でで書店でも結構大胆に置かれているんじゃないかなあ〜〜と思います📘

 

別に嫌われたくて読んだわけじゃないですよ!!!!自分も最初この本を見て誰がこんな本読むんだよ!と思った方ですから…(笑)

 

この本、自分の解釈としては

 

スーーーパーーーーポジティブ!!

 

になれる本だなあと率直に思いました(笑)

 

例えば…

なーんか自分ってなんのために生きてんだろう

とか

あの人夢があって自分よりも優れていて人生楽しそうだなあ

とか。

少し憧れだったり嫉妬だったり僻みだったりで自分が劣っているように見えることってあったりしませんか??

 

私はすこしそんなことを思ってしまっていた時期があったので…(笑)

なんの役に立てるだろうか?とか今の自分が嫌だ!変わりたい!とかよく考えてました。病んでませんよ(笑)

 

もう20歳なるし思っててもおかしくないと思う派なんで✋

 

そんな人達に本当に読んで欲しいなあって素直に思ったので紹介してみました✌️

 

この本読んだら考え方変わるし視野も広がると思います!

いろんな考え方もできてポジティブシンキングでもっと楽しい日々を送れるんじゃないかなあ〜〜と(笑)

 

とりあえずオススメです✌️

 

きっと私にとってこの本はこれからの人生のメンターになると思います🔥😘

 

 

本のことは置いといてそんな生活をしながら一つだけ痛感したことがありました。

 

責任とは??

 

です✌️

 

なんでこんなこと思ったんだよ!って思うかもしれませんが私は今回インフルエンザに感染してしまったことによって強い責任感に襲われました。

 

私は予定をキツキツに入れてしまうタイプなので風邪をひくという予定は全くなく、全て健康体でこなす!というむちゃくちゃなスケジュール管理をしてしまいます…

 

なんとなくもうわかりますよね(笑)

 

てことは!!!!!

インフルエンザ!!!!!

感染!!!!!!!

感染後の予定💥💥💥💥💥

って感じになってしまったんです…

 

友達と遊ぶ約束。何日も前から決めていた約束。

髪を切らせてもらう染めさせてもらう約束。

本当にいろんな予定があって関わる人すべての人の時間、約束を破ってしまいました…

 

そこにおもたーーーーい責任を感じたんですねえ…

 

今まではそんなことなかったのに、なんなら1年前まではそんな感覚なかったのに。

 

私自身が時間を大切にしている方なのでこんな事態になると相手側の人達の時間を潰してしまった😭😭

 

ってなるんです。

たとえ相手の人達が

いやいやそんくらい大丈夫よ!!

って言ってくれたとしても申し訳ないことした⤵︎⤵︎ってなるんです事実ですし…

 

けどふと思ったら社会に出たらそんなことA!TA!RI!MA!E!なんだ。と思うとすこしずつ社会人意識が出てきたかなあとホッとしました(笑)

 

とりあえず友達には何かしら償います(笑)

 

 

こんなことを思いながら家族のルールとかの思いがなんか繋がった気がしたんです。

 

感染したやつも責任あるけど感染させることにも責任は伴う!!!!

と強く思ったんですよ。

移してしまうことでその人のスケジュールが乱れてしまうかもしれない、風邪など特にウイルス性のものなら100%出勤停止状態になってしまうので…

 

だから家族のルールとして隔離という周りの人に危害を加えない1番の対策があるのかなあと思いました。

母だけってところにも母の優しさが伝わってきます👉👈 

相手に移してしまった時を考えてこれから行動するようにしようと思います…

 

 

以上!!インフルエンザからの教訓でした!!!!!!(タイトルと違いますね)

 

 

 

今の想い。

 

今日はいろんな想いが詰まって泣き崩れた。

溜まりに溜まったものが溢れ出してしまって…

 

 

母から髪を切ってくれと頼まれて快く引き受け、切らせてもらった

 

結論から言うと失敗してしまい落胆させてしまった

 

しまいには「もう二度と切って欲しくない」と…

母も冗談で言ったつもりだろう。

施術後に落ち込んでいるところを見破られたせいか肩を叩いて「ありがとうね」と母は囁いて

食事をしにリビングへ行った。

 

私は我慢することができなくなり車内へ…

 

心の許すままに久々に叫ぶように泣いた。

悔しすぎる。なんとも言えない感情だった。無力。この言葉に尽きる…

泣くときは必ず1人で泣くって決めている。誰にも見られたくない。

 

それと同時に技術の大切さ。美容師としての愛情表現ってなんだろうって思った。

そして自分なりの答えにたどり着いた

 

「美容師としての愛情表現」=「技術」×「思いやり

 

なんだなぁって。

思いやり100%でも技術がなければそれは愛にはならない。自己満の愛情表現になってしまう。本人がそう思ってなくたって結果で見ればそうなってしまい、縁は切れてしまうと思う。

思いやりがあれば技術は勝手にでも磨こうって思うはず。

 

逆に技術だけあっても人間性がなければ、また美容師とお客様の人間性の相性が悪ければ、いくら良い技術でも技術を見られる前に縁は切れる…

 

そんなことを思いながら2時間くらい車内にいるのだが…笑

 

 

そもそもなんで美容師になりたいのかなって初心に帰って思い出してみると…

 

私は人が好きだ。人が好きというより仲良い人たち、私と仲良くしてくれる人たち、想ってくれている人たちが大好き。

 

俺はその人たちを幸せにするために美容師として生きたい。

 

 と思ってこの業界に入る決意をした。

だからこの先一生この芯はブレさせてはいけない!と。

 

 

まだ美容師にもなっていないのに、本当に美容業界にいるのか?と思われるぐらいのミジンコなのに、たくさんの方達の施術をさせてもらっている。その人たちのことを想い出したらさらに泣けてきた…

 

本当にありがとうございます!!!!!!

 

感謝の気持ちがこんなにも溢れることなんて中々ないと思います。本当に幸せだなって感じることができました!!

 

と、共に絶対に死ぬまで恩返しさせていただきます!!!と誓います!!!!

 

なんかTwitterにこんなこと書くのもあれなんでブログの方でボソッと呟かさせていただきました…笑

 

関わってくれるみなさん本当に大好きです。気持ち悪いかもしれませんが本心なので受け取ってください…笑

 

 

これからもどうぞよろしくお願い致します

 

 

                                           松永 竜汰より

 

 

 

とある客

 

私はアルバイトをしているのだが、バイト先は基本的に常連さんがきてくださるような形の居酒屋。とても和やかな雰囲気で居心地がいい

 

ある日、私は見たことないお客様が来店した。

活気のある陽気なおばちゃんだ

 

テーブル席に案内し徐々にお酒も入り始めた頃そのおばちゃんは急に立ち上がりカウンターのお客様に絡み始めた…

 

びっくりはしたが知り合いだったそうで眺めていると

 

「そんな暗い顔しちゃいかんばい!もっと明るく生きんとダメ!!頑張らんね!!!」

 

と。

背中に喝を入れながら笑っている。

叩かれているお客様も

「そうですよねえ」

と言わんばかりの顔をしてうなずいていた

 

 

なんか自分にも言われている感じがした。

いい言葉やったなあ…

この人には本当に愛を伝える力で溢れている

 

 

後々聞くとオーナーさんのお母様だったそうです

 

やっぱり惹かれる人って何か力が宿ってるんでしょうね

 

 

いつか私もそんな人になれたらいいななんて思いながら働いていた1日でした

 

 

 

 

価値

『価値』って聞いて何が思い浮かぶだろう💭

 

お金?高価なもの?ブランド品?または逆に安価なものなど人によって様々な捉え方があると思う

 

私もそうだが若干「形」に固執した感じがする。

 

最近の私が思う『価値』とは形にとらわれないところに在る気がしてきた…

 

ある日の昼食…

節約のために近くのす◯家に行った

安くて腹持ちのいい食事を低価格で食べられることは学生の私にとって本当にありがたく、そこに価値があった(はずだった)。

 

ところがその日、とてつもなく苛立つことが…

食事をしている人の…め、め、目の前でオーナー?らしき人がバイト生を激怒した。

 

唖然。正直なところ「は?」

だった

本当にその瞬間帰ろうかと思った。ありえない。

飯提供するだけで満足なのかこの店は。と思った。なんなら飯提供してるからこんぐらいの出来事我慢して下さいませ〜。みたいな雰囲気すら醸し出していた

 

それまでは低価格なところに惹かれていたはずがたったその出来事でいきたくない店に見事ランクイン。

 

結局はお金がどうであれものがどうであれ最終的には「人と人」なんだなあ…と。

 

物やお金の価値なんて簡単に変わる

大切なのは人の中身にあるのではないのでしょうか。

 

ふと思ったまつながくんでした!

 

 

ブログを始めたきっかけ

 

そもそもなぜ私がブログを始めようと思ったかのか。

キッカケは美容師さんのTwitterやブログを見ていたことも理由のひとつだが、1番のきっかけになったのはある本と出会えたことだ。

 

その著者は「エザキヨシタカ」さん。

 

今まで読んだ本の中で一番共感し感銘した。考え方、人との関わり方がスマートでスタイルもとても繊細で私の中で一番尊敬している美容師さんかもしれない。そんなエザキさんもブログを推奨していた。

 

そんな本との出会いもありブログを書こうと思ったのだが、1番の理由は

 

      自分をさらけだそうと思ったから

 

私はもともと自分のことを人に話すというよりかは話を聞いてあげたり相談に乗ったりする方だった。

むしろ自分の話を人にするのは恥ずかしいとか知られたくないとか思った時期も多々あった。

 

けど最近になって本当に思うことは

 

 自分のことを知ってもらうことで自分自身が成長できる。

 

そんな経験がこの1年間でたくさんあった。

 

自分がやりたいこと。達成したいことをあえてさらけだすことによって責任感が増し、一度大口叩くと達成するまでやめられない環境が出来上がる。自分の中でプラスの循環がされているように感じた。

そうやってノルマをクリアしていくことによって少しずつの成長につながる

 一度公言することによって自分でチャンスを作る

最初は恥ずかしさしかなかったが今ではもう慣れ、ホラ吹き野郎になっている気がする…

 

要は思ったことは言っちゃえ!って話でした!

なんかいいことあるかもよ!

 

私は今後もしょうもない夢を語り続けるつもりです💭

 

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老い

 

今日、私はふと何を思ったのか20時過ぎくらいに家をでた。多分食べすぎたので散歩でも行こうと無意識に思って家をでたのだろう。すると上に住んでいるおばちゃん(祖父の妹)がじっと家の前に立っている。

いつものことだったのだが今日だけは目に止まって気になりすぎて声をかけた。

 

『おばちゃんなんしよーと?』と尋ねると

『9時にデイサービスの人が来るから待ってる』とのこと。

 

疑問しか持たなかった。そもそもデイサービスなのに夜21時に自宅に伺いますなんて話があるわけない。おかしい。と思い家に上がらせてもらって確認した。すると明日の朝9時の予定だった。やっぱりなと思いおばちゃんに『デイサービス明日やったよ!早く家に戻ってゆっくり休んでね!』と伝えた。おばちゃんは『ありがとうね〜すみませんね〜』と言って帰っていった。

 

ところがまた出てきて同じ行動を取り始めた。

正直恐かった。

あとあと考えるといつもなら『ありがとうね〜りゅうちゃん〜』って言ってくれるのに

今日は

 

『すみませんね〜』

 

明らかに他人として見られている気がした。

 

これはおばちゃんが悪意を持って接したわけでもふざけて同じことを繰り返したわけでもなく紛れもなく老化だと悟った。

前からボケが進んでいるとは思っていたが進行が早すぎる。認知症かもしれない。

それも全部1人での生活をしてしまっているからだと思った。娘がいるのだがお盆や年末年始に顔を出しても秒で帰る程度で親に対して『愛情』があるとは思えない…

 

ふと思い出した。以前までずっと父が何かあった時など気にかけていたことを。

誰よりもおばちゃんに愛情を注いでいたのかもしれない

 

父の血を受け継いでいるのでなんとなくわかるのだが放っておけないのだ。

というより、自分の周りの環境だけに徹することが正しいと思わなかったのかもしれない

 

家族じゃなかったとしても親交があればそれは家族。家族と同様に助けることが当たり前な感覚を持っていた父はおそらく自然におばちゃんに対して接していたのだろう。

 

こんなことを思いながら

 

 

私は今まで周りの人に対して力になっていた

                    〝つもり″

                                 だったのかもしれない。

 

なんとも情けない。親交深い人に『本気』で接することができていなかったと思うと申し訳ない

 

だからこそ『本気』で接することを誓った

 

今、おばちゃんには俺しかいないと勝手に思い込んでいる。

 

認知症のこと、勉強するしかないな

 

 

少しの時間お待たせします。

「生きる」ということ

初めての投稿なので長くなると思いますが読んでいただけると幸いです。

 

 

 

 

 

「生きる」

 

私はたまにこの言葉の意味がわからなくなる時がある。

それは過去に「死」と隣り合わせだった日々があったからかもしれない…

それからというもの「生」と「死」について考えるようになった。

 

一般的に言ってしまえば生きているか死んでいるかなんて心臓が動いているか止まっているか。呼吸しているかしていないかぐらいだろう。

そんなことはわかっているのについ考えてしまう。性格だから仕方ないが…

 

 

ここで少し私の尊敬する人を紹介したいと思う。私の父だ。

いつも優しくときにはきびしく、その笑い声は周りの人さえも笑顔にするほど明るかった。

自分に厳しく人に優しく男らしくかっこよかった。

 

仕事では計画を立て、ノルマを決め、必ず達成させていた。

社内売り上げランキングで表彰されるとドヤ顔で自慢してくるあの顔は今でも忘れられない。

 

休みの日には家族をどこかへ連れて行ってくれた。遊びに行かずとも母親に感謝とお疲れ様の意を込めて一週間に一回は外食に連れて行ってくれた。今思うとその愛情が染み渡ってくる。

 

そんな最高の父が突然死んだ。交通事故だった。

父は趣味で地元のバイクレーサーをしていた。

交通事故はレース中に起きたものだった…

 

私の家に電話がかかってきた。面倒だなと思いつつ応答すると「お父様が事故に遭われました!今すぐ◯◯病院にお越しいただけますか!」との緊急の連絡だった。

 

母に事を告げると、慣れたかのように「またコケちゃったのか」と一言呟くとタクシー会社に連絡を入れ、私たちに「早く支度しなさい、10分後に出るよ」と冷静な態度で言った。

なんでそんなに落ち着いていられるか私にはわからなかったがどうやら父は過去にもレース中に事故を起こしていたらしく、母も対応慣れしていたのだろう。

 

家族でタクシーに乗り病院へ向かっている途中、今度は母の携帯に電話がかかってきた。母が応答する。私は一瞬で何かを悟った。さっきまでの落ち着いた母の顔が顔が消えていたからだ。不安と悲しみの顔でしかなかった。泣くのをこらえているのも伝わってきた。

「お父さんもう時間がないみたい」 この言葉を聞いた瞬間、悪夢を見ているかのような感覚に陥った。早く覚めてほしい、なんで覚めないんだ。どうせ夢だろう。早く現実世界に戻りたい…戻してくれ……

 

病院に着いた、外の冷たい風を浴びると同時に夢ではないことを悟った。まぎれもない最悪の現実だ。

父は集中治療室に居た。脳死状態だった。

助かる見込みはなく。もって1日…あまりにも短すぎる…

 

たくさんの友人たちや親戚の方が来てくださってみんな別れを惜しむかのように手を握り涙で父を濡らしていく…

私たち家族は来てくださった方に感謝して夜中からの面会にした。

見たくなかった。受け止めたくなかったが生きている間に伝えたいことはたくさんあったので覚悟を決めて会いに行った。変わり果てていた、頭は刈られて坊主だった。体やそこら中に痣ができていた。私は目を背けたかったが堪えた。

時が刻々と進みついに心臓音が消えた。安らかに…

 初めて母の泣き叫ぶ姿を見た。それにつられて弟も大声で泣いた。なぜか私は泣けなかった。泣けなかったのではない、泣かなかった。泣いてはいけないと思った。

この2人の家族を守っていかなきゃいけないと思った。俺は長男だから。。。

 

葬式も終え、そこから1年間は正直ショックで記憶がほぼ無い。生きることに必死だったんだろう。死なないことに必死だったときもあった。

 2年経つと家族も少しずつではあるが回復していった。私も正気に戻りつつあった。

しかし、なにか変な感覚を持った。

 

 

「父は生きているかもしれない」

 

 

 

 このとき初めて「生」と「死」の区別がつかなくなった。

死んだはずなのに生きている。形としては存在していないがどこかにまだいる気がする。そんな日々が続いた。時には本当に名前を呼ぶ声もして何度も後ろを振り返った。

 

 

「父は生きている」

 

 

 私は思った。

私だけではない。誰もがそう思った。そう思えた。それは父が心の中で生き続けてくれているからだ。今までたくさんの愛情を注いでくれたからだ。たくさんの記憶と思い出を刻み込んでくれたから今でもずっと父は私たちの中で生き続けている。

最後の最後まで尊敬できる父親であり続けた。

 

「生きる」ということを教えてくれた。

 

 

そんな父とのたくさんの思い出を蘇らせながら私は今も生きている。これからも生き続ける。

 

 

そしていつか私もそんな父になりたい。

 

 

私にとって「生きる」とは

                  「人の記憶の中に残り続ける」

                                                           ことだ。f:id:oceanles138:20170124025336j:image

 

 

 

 

あなたにとっての「生きる」とはなんですか?